• ACCESS / CONTACT
  • UNDER ARMOUR
  • DNS
  • D Medical
  • DOME ATHLETE HOUSE
  • Facebook
MENU

社長コラム:PRESIDENT’S COLUMN

vol.045成長戦略の肝はスポーツにあり!

早いもので、もう一年を振り返る時期となりました。

あと何回この時期を迎えることができるだろう... 平均寿命まで生きることができればあと35回、という計算です。
35年前の自分はすでに9歳、記憶も鮮明に残っているし、9歳から現在までを振り返ってみると本当に「あっ!」という間としか言いようがありません。ということは、次の35年も「あっ!」という間に過ぎ去って行くはずです。

儚い人生。太く、濃く、力強く、そして活き活き、ハツラツと生きていきたいモノだなあ、としみじみ思ったりします。

一歩引いて、大きな視点から地球の営みを考えてみると、このように普通に平均寿命までの人生をぼんやりと想像できるという状態は、人類が経験したことのない「未踏の荒野」に到達したとも言えると思います。
つまり、つい最近までの人類はいつでも「死」が身近にあり、好むと好まざるとに関わらず、「死生観」という物が潜在意識にあって、知らず知らずにあらゆる判断の基準になっていた、そんな風に思います。

そんな「未踏の荒野」に到達した人類ではありますが、それは欧米と日本、地球規模で言えばごく限られた一部の地域のことであって、そんな状態がこれからも続く保証は何一つありません。
同時に、人類の営みの中でひとつの判断基準となっていた「死生観」と対峙しないという人生が、果たして人類が求めていた場所なのか? という疑問もわいてきます。

父や母の時代は、兄弟の多い時代でした。これは、不幸にも兄弟のうちの何人かは亡くなってしまう可能性が高かったことを示しています。
事実、私の父方も母方も、夭逝している叔父や叔母が何人かいます。

また核家族という今では当たり前の家族形態も、実は戦後のアメリカから発信された全く新しいカルチャーで、その原型は当時のアメリカで大ヒットしたトレンディードラマで描かれた「かっこよく新しい家族」がそれに当たります。
それまではおじいさん、おばあさんと共に暮らし、仕事で忙しい両親に変わって子育ての中心に祖父母がいたわけです。

女性参画の時代... などと言われていますが元々国家の基礎人口は農業など第一次産業にあって、お母さんは家族の中の大事な労働力でした。現代社会では、祖父母の死ですら、遠い田舎の話だったりしてしまいます。
当たり前ではありますが、生まれたら必ず死ぬわけですから、物騒な言い方かもしれませんが「死」は本来、日常そのものなはずです。

高校生のとき、定年間際の数学の先生がやんちゃな学生だった我々を厳しく諭してくれたことがありました。「君たちは、もし明日死ぬとしたらどうするか?」 そんな問いかけから始まりました。
その先生のお兄さんが先の戦争にかり出されることになり、結果、戦死された話をしてくれました。今は消費税だの秘密保護法などですら大騒ぎですが、当時は国の命令として、召集令状一枚で戦地にかり出されるという問答無用の時代でした。先生は話を続けます。

「先生達の時代はそういう時代だった。兄の出征日が決まり、家族全員が兄の死を覚悟した。その時に皆ならどう思い、どう行動したか? 僕はその時、君たちと同じくらいの年齢だった。僕はうろたえた。でも、兄も家族も残り少ない人生を一生懸命生きようと決めて、そのように生きた。もし君たちがそうなったらどう生きるのか? 好き勝手、やりたいことをやってヤケッパチになって生きるのか? 人間はそんな生き物じゃない。明日死ぬ、と分かると、正しく前向きに生きようと思うんだ。今日一日、ふざけて過ごしても構わない。でも、それが最後の一日だったらどうだろうか...」

友達の手前、「じいさんがまた訳の分かんないことを話してるぜ...」的な態度ではいましたが、僕の心にはズシンと響いてしまいました。その時の先生の服装、表情、シワシワの目尻に溜まった涙、今でも鮮明に記憶に残っています。 それが直接のきっかけかどうかは分かりませんが、その頃から「どう死にたいか?」という「究極のゴール」を据えるようになりました。

その究極のゴールとは「笑って死ぬ」ことで、今でもそれは変わりません。ずる賢い生き方をして得をしても、どんなにお金を貯めても、笑って死ぬこととは無関係な気がしました。
どうしたら笑って死ねるだろう... それは先生の言う通り「正しく前向きに生きる」ことしかないのではないか? 僕の中でそれは「いつ死んでもいいように、毎日を一生懸命生きる、そうすれば、"大した人生じゃなかったかもしれないけど、お前なりに一生懸命生きられたんじゃないか!?"」と、少しは納得して笑って死ねるのでは... そんな風に思っています。

今年の夏、ドームの専務であり、高校時代からの同級生である今手のご尊父が亡くなりました。
今手は母も創業してすぐに亡くしているので、ご両親を亡くしたことになります。お二人の生前には僕自身、大変世話になりました。亡くなった翌日に、今手に無理言って、遺体安置所に面会に行かせてもらいました。
冷たくなった親父さんを囲み、今手と20分くらい立ち話、思い出話をしました。「75歳か... 俺らも普通にいってあと30年だな。頑張ろうな」そんな会話で締めくくりました。
今手の親父さん、今手の家族にとっては一大事件でありますが、地球の営みからみたらごく自然の出来事で、本当はこれが日常なわけです。そんなことも感じました。

一年の締めくくりに、暗い話をしたいわけではありません。僕的には死を考えることは「前向きに生きるエネルギー」であり、苦しい場面でも正しい判断をする「判断基準」なのです。
「いつ死んでもいいように、今日も一生懸命頑張るぞ!」 「どうせ死んじゃうんだから、楽しく豪快にいってやれ!!」 そんな風に考えると、なぜか勇気がわき、元気になってくるのです。
無意識のうちに自分の「死生観」に問い合わせる習慣がついてしまったように思うし、それがいい結果を生んでいるようにも思います。
「死を意識することで明るく生きられる」というのは、いささか個性的かもしれませんが、僕の中の純然たる現実なわけです。
ご興味ある方は、是非お試しください!


話はドーンと変わり、「スポーツの時代」の到来です!

アメリカのスポーツ市場は過去15年で3倍の大きさにまで成長をし、現在でもその勢いは増すばかりです。
2020年に東京でオリンピックが行われます。様々な競技団体、関連企業などが「2020年に向けて」と題した計画作りに邁進しているようです。

僭越ながら、僕にとってはトンチンカンなコンセプトであり、そんな刹那的な思想が残念でなりません。
そこには成熟社会におけるスポーツの本質的な可能性が認識されていない、という背景があります。本質的には「2020年を通過点とした成長戦略」であるべきです。
もっと言えば、大きなビジョンを描く際の着火材としてオリンピックを使ってやる、という発想であるべきです。
15年で3倍にまで成長した米国市場を見ると、オリンピックがある日本は「よーし、7年でやってやる... 3倍返しだ!」くらいの逞しい気概とビジョンがあってもいいはずです。

スポーツ関係者がそんな妄想にも似た大きなビジョンを持てるよう、「成熟社会におけるスポーツ市場の可能性」をこうした機会を使いながら内外に必死に発信している最中でもあります。
成長の為の施策は色々とありますが、基本は日本人の得意技「copy & improve」です。
つまり、アメリカで起こっていることを「コピーして、改善する」というものです。世界に誇るトヨタのカンバン方式も元はフォードの作った大量生産の発展型です。

現在の日本のスポーツビジネスは、取りも直さず「スポンサーを集める」ということが思考を支配していて、そもそものその競技であったりイベントであったりの価値を上げることが二の次になっています。
ゲームの主催者であるはずの競技団体やチームは「価値向上の仕事」を自分たちで抱え込み、昭和のままストップしてしまっているか、代理店に丸投げしているケースがそのほとんどです。
どちらも「スポンサー営業」がその活動の中心となり、特に代理店が入るケースでは、スポンサーとの利益相反関係を助長し、できるだけ安く買いたいスポンサーと、是が非でも売りたい代理店との合意の産物として、スポーツ産業のデフレ化が促進されてしまっています。要は「ショボイ」状態が促進されているわけです。

僕ら的には、スポンサーという立場になるのであれば、仮に一千万円支払ったら、二千万円の価値が欲しいし、それに向けて、共に知恵を出し汗を流したい... それが向かうべき方向性です。
でも、イベントにしてもテレビ番組にしても来る話のほとんどは「スポンサー営業」で、「このイベントの価値を上げるために共に頑張りたい、一緒に成長しましょう!」というこっちが熱くなるような提案はまずありません。

アメリカのアンダーアーマー社はウェールズのラグビーナショナルチームを皮切りに、プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーとそれぞれマーケティングパートナー契約を、そして今年からはNFLのチャンピオンチームであるボルチモア・レイブンズと10年にもわたる戦略的なパートナー契約を結びました。
「スポンサー契約」ではなく「パートナー契約」であることがポイントです。
即ち、共に知恵を絞り、実行し、チームの価値を高めよう! というのが契約の趣旨となります。

こうした思想と取り組みはチームにとどまらず、リーグや協会、選手個人にも波及していて、NFLを代表する名QBであるトム・ブレイディとの契約には商品・金銭のみならずアンダーアーマー社の株も含まれていて、ブレイディはアンダーアーマーを「自分の会社」として、マーケティングに主体的に参加しています。
ブレイディはテレビの「経済ニュース」に社長のケビンと共に出演し、株価向上のアピールをする、といったこともしばしば行っていて、資本主義の先進国であるアメリカのスポーツ産業の進化を感じさせてくれます。
スポーツブランドとして、その地位と価値をぐんぐん上げているアンダーアーマーの最新の商品とマーケティングノウハウを、チームや個人のブランド力向上に取り込むことで自身の価値をあげ、結果的にお互いの価値を相乗的に上げていく... という共栄の思想です。

残念ながら日本の場合、代理店やエージェントからの営業が中心、内容も価格や条件の話ばかりですので、こうしたアメリカの成功事例を少しでも知ってもらい、未来的なビジョンを共有し、スポーツビジネスを共に成長させていきたい!! そのように強く思うわけです。

同時に、現在の日本のスポーツ界における、「困っていること」のほとんどはアメリカでも二十年前は同じように困っていたことばかり、という事実もあまり知られていないのではないでしょうか。
日本の大学スポーツでは「伝統」という言葉の下、昭和のまま何ら改善が行われていないケースが多く、本来なら最もスリリングであるはずの開幕戦が「60対0」などというリーグ編成をしている競技も普通にあります。
その試合も入場料をとるわけですから、お客さんはといえば、定年退職したOBと家族ばかりです。こんな娯楽の多い時代ですから当たり前の話です。どう考えても真面目に集客しようという意志は感じられません。

MLBもNBAもかつてはチーム間の格差が激しく、その退屈なマッチアップなどから二十年ほど前の観客席はガラガラ状態でした。
贅沢税の導入やスタジアムの都市部への移転と多目的施設化などなど、様々な具体策をこうじて成長軌道にのせてきたのです。
このようにアメリカが行ってきた改革策を一つ一つ具体的に見ていくと、それがそのままイコール日本のスポーツ界が今抱えている問題の解決策であることばかりです。

「ラジオ体操」の小学校の普及率は75%というデータがあります。
このラジオ体操、原型ができたのは1925年... これだけスポーツが進化しているにも関わらず!! これも伝統として守るべきモノなのだろうか!?
もはや「盆踊り」と同じ「伝統芸能じゃねーか!!」と思えるし、跳び箱もマット運動も戦前から何ら進化していない、という日本の体育教育の現状に悲しさを禁じ得ません。

アメリカの体育教育は、書き出せばきりがないほど進化をしていますし... アメリカとかなんとかではなく普通に考えて、「普通、進化するだろ!」と思うわけです。
僕は「アメリカをいつか倒したい!」、どう倒すかは別にして、そんなぶっきらぼうな野望を個人的に持っています。
そんな意味でもアメリカを見れば見るほど「ほほう、やるなあ」と思うことばかりで、copy & improveの思いは募るばかりです。 その為に、まずは「スポーツ産業の持つ具体的な可能性」という事実を認知してもらいたい、心からそう思っています。

・・・・・

現在の日本は「35年のローンを組んでマンションを買う時代」に突入して久しいです。つまり、誰もが普通に寿命を全うするという前提で生きられる時代です。
今から約70年前、僕や今手の親父たちが生まれた時代では、「戦争」という「政府の政策」により350万人もの日本人が亡くなりました。
戦争だけでなく、風邪をこじらせて死んでしまった時代、そもそも檻も柵も無く野生動物と共に生きるという時代を何万年も生き抜いてきた人類です。
生きること、戦うことが本能の一部にプログラミングされているはずです。
そんな意味ではちょっと前までは「生きる」こと自体が人生の大きな目標だったと思いますし、これからは「どう生きるのか?」という難しい目標設定を強いられる時代だとも言えると思います。
「ローンの完済」は生きる目標にはなり得ません。

成熟国家の先進国、アメリカにおいてスポーツが急激に成長している背景には「生きること」と「戦うこと」という人間の本能の行きつく場所として、スポーツが選ばれているからだと、僕は勝手にそんな風に思っています。
もっと言えば、目標を失いつつある日本人に、前向きに、健全に、力強く活き活きとした日々を過ごしてもらうべく「スポーツの仕事に一生懸命邁進しなくてはならない」そんな風に思っています。

成長戦略の肝はスポーツにあり!

あと七回の師走を経ると2020年がやってきます。

東京オリンピックを成長の通過点として、スポーツ産業の真の発展に向け、ねじり鉢巻で皆さんと共に頑張って参りましょう!

社長コラム 一覧へ