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社長コラム:PRESIDENT’S COLUMN

vol.038挑戦「バトンタッチ」

世の中、嫌なことだらけだ。

最初からそう思っていると、案外と楽しく過ごせるモノだ。そんな意味では、自分が楽天的なのか自虐的なのか、よく分からない。実際のところは自分が楽しく過ごすために、わざといったん最悪な場面に身を置いてみる、という習性があるのかも知れない。

でも、最近は本当に嫌なニュースとちょくちょく出くわす。それは子どもの虐待。

なんで、天使のように澄んだ瞳を持つ子どもを虐待できるのだろう。

ニュースで詳らかにされるその手法、そしてそこでの子どもたちの叫びを書き出す勇気はまったく持てない。できれば、そのニュースを見ないで過ごしたい。でも、現実を知らねばならない、と思い、胸が詰まるような苦しさとともにそれらニュースと対決する。世の中の現実に、自分と無関係なことは何一つない。とにかく、嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌なのだ。普段、威張っている自分、調子に乗っている自分、お酒飲んで楽しんでいる自分...そんな自分の能天気さと無力さに頭をかきむしる。こんなことを書いていても、実際のところ何一つできやしない。

だから、何かをしたい。

いつか、何かをしたい。

近い将来、施設を作りたい。色々な理由から、不必要な不幸を背負っている子どもたちを受け入れる施設を作りたい。口で言うほど簡単なことではない。ずっと以前、とある高名な経営者の方の、哲学やその哲学にまつわる経営手法をまとめた本を読んだ。その方の会社は僕が評するのも恥ずかしいくらいの立派な会社で、しかもその方はその創業者である。その方も「孤児院を作る」ということを一つの目標に仕事を頑張ったとのことであり、普通に共感した。ただ、経済的にも地位的にも孤児院を作るに十分な力を持っていたにも関わらず、地域住民の反対により実現しなかった、とのことであった。自分なんかよりも全然立派な人でもできないことなのだから、本当に難しいんだ、と思う。さらに、孤児院や施設運営の具体的なドキュメンタリー番組などを見ると、現場における格闘は想像を絶するほど凄まじく、そんな方々から見たら僕の希望など、"夢見る夢男の戯言"のように聞こえてしまうだろう。

それでも、やっぱり作りたい。
いつか作りたい。

絶対に作ってやる。

いつか、大きな土地に引っ越して、
大学のキャンパスのような施設を作り
お年寄りの方々や、不要な不幸を背負った子どもたちが厳しく楽しく共存する。

そんな場所を作りたい。
不幸なニュースを前に、他人事かのごとく見知らぬ顔して生きていくなんて絶対できない。

今できること。

一生懸命働いて、軍資金をためること。
そして、スポーツを通じて、素晴らしい人格を形成していく仕組みを作り、拡大していくこと。

最近、とある任意団体に所属させてもらった。それは44年会(獅子会)と呼ばれる昭和44年度生まれの野球関係者が集まる団体である。小学生までしか野球をやっていない僕ではあるが、特別にこの団体の片隅に籍を置かせてもらっている。上武大学の谷口監督やJX-ENEOSの大久保監督が中心になって発足したこの団体、公式には年に一度の飲み会のみ、というモノであるが参加させてもらって実に楽しいし、月並みな表現であるが、大きな刺激をもらえる。

実際、会はただただ酒飲んでくっちゃべるだけなのだが、参加しているメンバーの大半は皆、何らかの形で野球に携わっていて、高校や大学の監督やコーチ、あるいは部長先生などをやっている。そう、僕と違い彼らは皆、純粋な意味での教育者なのである。序盤戦は昔話や馬鹿な近況報告に花が咲き、中盤戦から野球談議、酔いが回ると皆、教育者としての悩みや苦悩の吐露、反対に感動的な選手の成長話を楽しげに語らう。僕らのように"予算"やら"在庫回転率"という類の生臭い話は一切なく、彼らの興味はチームの勝敗と生徒や選手たちの成長にほぼ絞られる。中でも、選手の成長を語る彼らの顔は何とも形容し難い、いい顔になる。

そんな中、先に行われた第92回全国高校野球選手権大会の準決勝は圧巻だった。神奈川代表・東海大相模と千葉代表・成田の対決。監督はそれぞれ門馬監督、尾島監督と、両名ともに44年会の主要メンバーである。試合は猛暑の中で連投を重ね、限界値を超える疲労を抱える両エースがともに苦しいピッチング。精神力がぶつかり合う激しい乱打戦であった。普通に生きている人が熱中症になってしまうような酷暑の中、17、8歳の少年たちの気力を振り絞った奮闘に涙腺は緩みっぱなしであった。宴席で熱く野球を語る両監督の思い...勝敗を分つ戦術や采配の陰にある選手への愛情、そして選手たちと過ごした3年間の思い出などなど、そんなモノが痛いほど感じ取れてなんとも胸の辺りと目頭が熱くなる試合観戦であった。

試合後の監督のインタビュー、緊張感の残る門馬監督ではあったが、まず成田高校をたたえた。尾島監督は何とも言えぬ清々しい表情で、相手をたたえ選手をたたえていた。そんな二人を見て、僕の顔面からは数種の液体が流れ落ち、心が芯から清められたような気がした。疲労困憊の成田のエース、中川投手、試合直後の涙をこらえながらのキャッチボールがさらに顔面から流れ落ちる液体量を増加させた。18歳の少年には厳しい現実かも知れない。頑張っても報われない現実の壁に、心が打ち砕かれたかも知れない。でも、相手も同じくらい、いや、もっと頑張っていたかもしれない。自分が地区大会で打ち負かした選手たちは、もう次の目標に向けて頑張っているかも知れない。

人間って逞しい。

もともと人間って逞しいんだ。

大人は子どもにそんな機会を与えられさえすればいい。
大人は子どもからそんな機会を奪いさえしなければいい。

命の数だけ可能性がある。

すべての球児たちが憧れる甲子園。そこに出場した選手でさえ、野球で飯が食えるのはほんの一握り。野球で教わったこと、得た仲間、家族の支え、受けた指導...等々、それらすべてを自分だけの大切な宝物にして、勉強も頑張って次の世代に素敵なバトンを渡せる立派な人間になって欲しい。

今年の春、おばあちゃんが死んだ。

大往生だった。人の死は、一つの壮大なストーリーの完結だ。焼香に来てくれた人々、お花を出してくれた方々。地球の裏から素敵な弔電を送ってくれた、アンダーアーマー社のKevin。僕の前で初めて号泣した義理の息子である親父。はしゃいだり泣いたりしている、色んな年代のたくさんのひ孫たち。過去と未来のすべてを包み込み、一つのストーリーの区切りを見せてくれたお葬式。お葬式の直後、何の偶然か、『トイレの神様』という歌の特番と巡り合った。その歌を聞いて、あり得ないほど号泣してしまった。ありがとう、おばあちゃん。ありがとう、あんなに素敵な歌を作ってくれた人。大事なことは、受けたバトンを次に受け渡すこと。少しだけ綺麗にして、バトンを受け渡すこと。おばあちゃんのバトン、しっかり受け取ったよ。

命さえあれば、人は逞しく育つ。

高級ブランドとして名高いシャネルを創ったココ・シャネルは、幼くして修道院に預けられた。若くして父を亡くしたスターバックスの創業者、ハワード・シュルツは低所得者共同住宅で育った。iPhoneの生みの親、スティーブ・ジョブズは生まれる前から継父母が決められていた。誰もがギリギリのところでバトンをもらい、今では世界中の人々に豊かさと喜びを与えている。

人って逞しい。

理想は理想、あくまでも理想。
届きそうで届かない、
普通に考えたら絶対無理なんだけど、
もしかしたらできるかもしれない理想。
だからこそ、逃げずに理想を持つ。
いま自分にできること、それを理想の方角へ向けて生きる。

ニュースで見る虐待事件は文字通り、氷山の一角。頑張って働き、共感、共鳴できるたくさんの人々と力を合わせ、いつかは不遇な子どもたちを受け入れる施設を作る。その施設でスポーツチームを作り、全国制覇を目指す!
すべての子どもたちが、命という人生の打席に立てるように。
そして次の打者に素敵なバトンが渡せるように。

そんな野心を胸に秘め、燃える挑戦を続けよう!
やるぞ!

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