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社長コラム:PRESIDENT’S COLUMN

vol.063グローバルフラッグシップ

グローバルフラッグシップ

世界基準、それはドームの設立趣意の一つです。
のみならず、

 現場主義
自前主義
ドームは現代のシルクロード

 という、「今だから振り返りたいドームの起源」について、「グローバル・フラッグシップ」というキーワードから紐解いてみたいと思います。
ちょっとだけ主観的に見てみると、今回、新宿に作ったお店は、ドームとして、アンダーアーマーとして、必然的かつ運命的に行き着いたお店である、という僕の解釈があります。もちろん、ケビン(・プランク 米アンダーアーマーCEO)も関係しています。「ビハインド・ザ・シーン」的にお読みいただけると幸いです。

世界基準というと何だか外向きの言葉になってしまいますが、根っこには「外国への憧れ」があります。僕が育った高度成長期の日本では、スーパーカー、ビヨン・ボルグ対ジョン・マッケンロー、金髪ゴルファーのローラ・ボーといった、外国からやってきた未知なる人やモノへの好奇心が、人々のエネルギーの源だったように思います。「ずうとるび」や「フィンガー5」という、そのままパクリのアイドルグループがあったぐらいです。
毎日楽しみにしていた「プロ野球ニュース」。番組は「一本足打法」の王貞治選手が打ち破るべき世界記録へのカウントダウンで締めくくられます。その世界記録の持ち主・ハンク・アーロンの打法はどんなものだろう...。好奇心あふれる妄想で、頭の中はいっぱいでした。「大リーグボール1号」や「エビ投げハイジャンプ」など、当時の野球少年を虜にした「魔球」と同じ世界観です。僕的には天井サーブや回転レシーブも、魔球とほぼ変わりませんでした。燃える闘魂・アントニオ猪木は柔道金メダリストのウィレム・ルスカを倒し、世界のビッグスター、モハメド・アリとの世紀の対戦を実現させました。世界一のボクサーと燃える闘魂が戦うという、まるで「コロッセオ」のような夢の対決が行われ、当然ながら日本中が熱狂しました。
そんな時代に幼少期を過ごした僕は、純粋な外国への憧れを持って育ったように思います。その思いが未知への好奇心を育み、世界中にある「より良いもの」を求めるドームのDNAの一つ「世界連携主義」につながったのだと思います。

 ん?
そんな理屈っぽいことなのかな。

 もっと単純に言うと、幼少時代に芽生えた「未知なるモノへの好奇心」が、ドームの原点かもしれません。正直に言って、当時の僕の頭の中には精緻なビジネスプランも会社の将来像も何にもなく...まさか、今のように服や靴、プロテインパウダーを作るなんて、想像すらしていませんでした。
高度成長期に育った僕は大学生の時、ハワイ大学にアメリカンフットボールの合宿に行きました。使うのに心が痛くなるほど高価だったテーピング。本場アメリカでは4分の1の価格で、消耗品としてまるでティッシュペーパーのように気軽に使われていました。驚きはテーピングのみならず...広大な人工芝のグラウンド、映画館のようなミーティングルーム、チームカラーで彩られた圧倒的迫力のウェイトルーム、上級生と下級生の区別がつかない平等な実力主義のチーム運営、などなど、あらゆるものに対して「なぜこんなに豊かなんだろう?」「なぜ日本はこうなっていないんだ!?」と、好奇心が鷲掴みにされました。
そんなエネルギッシュな時代、未知なるモノ達は僕の中でキラキラ輝く「憧れ」に変わり、具体的な将来像もないままにドームを始めてしまいました。憧れへと近づくには、とにもかくにも始めてみよう! という気持ちでした。
最初の商材は、日本では使うのにドキドキする「ぜいたく品」だった、テーピングでした。インターネットのない時代、血気盛んな26歳だった僕は、なけなしの貯金と親からの借金を元手に飛行機に乗り、交渉、買い付けをしてきました。「世界連携主義」の始まりです。結果として、アメリカと同じぐらいの価格設定ができました。
貯金を使い果たして仕入れたテーピングの山。40フィートコンテナにいっぱいのテーピングは、荷下ろしだけで丸1日かかってしまったほど。でも、あのコンテナを開けた時の「匂い」は、今でもはっきり覚えているなぁ...。モノはもちろん、コンテナに充満していたのは「カリフォルニアの空気」。世界連携主義の具体的一歩になった、忘れられない「匂い」でした。
倉庫のなかった当時、事務所の中はテーピングで埋め尽くされました。あとは「売る」だけです。サンプルの詰まったボストンバッグと1枚の価格表を持って、全国のスポーツチームを歩き回りました。もう一つのドームDNA、「現場主義」の始まりです。
自分もスポーツ経験者です。だから、事情もニーズも知っているつもりでした。でも実際は違いました。大雑把なニーズはわかっていても、同じ料理人でも使う包丁が違うように、トレーナーが違えば使うモノが違ったり、そもそも競技の違いで新たなニーズに出くわしたりと、日々発見の連続でした。
個々のニーズに応えていると「あアーマーの可能性に燃える炎」でした。
そんなひと言を発した後、さっと振り返り「新宿は1日300万人以上の乗降客があって、世界一なんだぜ」と、日本のガイドブックを手に豆知識を教えてくれました。僕も初めて知った情報でした。
時は過ぎて、2018年。「アンダーアーマー・ブランドハウス新宿」が現在入っているビルのオーナーでもある高野フルーツパーラーで、日本の高級メロンを体験したケビン。「WOW...」とひと言。その驚きの味と価格に対し、わき出る好奇心を抑え切れず、高野社長に質問を浴びせまくるケビンの姿は、18年前と何ら変わることのない「eye-opener(目を開かせる)」なものに見えました。
ケビンの目を開かせた新宿という街。ここに「世界初」のグローバル・フラッグシップ・ストアができたのは、やっぱり運命だと思うのです。
商売は人をつなぎます。好奇心はその源です。
知らなかったことを知る喜び。
好奇心は道を作り、その道は大陸をまたぎ、道の上は、億千もの人とモノが流れていきます。
世界初のグローバル・フラッグシップ・ストアは、シルクロードの要所。ドームは現代のシルクロードを行き来する商人として、これからも日本、さらには世界の発展に貢献できるよう邁進してまいります。

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※本コラムは、「Dome Journal vol.46」に掲載されたものです。
http://www.domecorp.com/journal/

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